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書評 -日本産菌類集覧-

 「ついに出たか、ありがたい。」それがこの本を最初にとった印象である。本書は、過去の日本産菌類のインベントリーの決定版ともいうべき書である。インベントリーとは、「与えられた地域における(生物の)目録あるいはそのような目録を作成する作業」で、生態学・分類学、生物資源の利用などの基本となる情報である。日本における菌類のインベントリーは、白井光太郎(1905)の「日本菌類目録」に始まるが、ここには約1200種の菌がリストアップされた。その後、改訂されたインベントリーは、原摂祐(1954)によって、集大成されたが、パソコンやワープロがない時代、このような作業がいかに大変なものであったかは想像に余りある。その後、50年以上にわたって、このインベントリーが改訂されることはなかった。そこで、本書の著者勝本先生はこの情報を訂正しつつ、日本産菌類情報を集大成するべく、本書の編纂に取り組まれたと伺っている。

 勝本先生は、平成17-18年度、筆者の職場である国立科学博物館に客員研究員として迎えられ、年数回筆者の研究室を訪問された。この際、勝本先生は朝早くから夜遅くまで図書室にこもられ、本書のために多数の文献情報を集められていた。本書のような集大成にわずかでもこのような形で貢献できたことは筆者にとっても喜びである。

 このような大変な作業の末に完成された本書には、12000種あまりの種数の分類群が収載されており、その中には裸名で記載されているものも含まれるなど、日本の菌類相を広く取り扱った構成になっている。また、国際的なデータベースであるIndex fungorumにも収載されていない種名が多数あり、守備範囲の広さをうかがわせる。
本書には2007年までに日本産が確認された菌(一部については2008年発行分まで)がアルファベット順にリストされている。それぞれは掲載元の書誌情報、和名(提唱者名)、ホストなどを伴っており、別名で知られている場合には、異名も収載されている。
巻末には和名、ホスト、著者名も索引として掲載され、分類表なども完備されており、菌類を専門としない読者にも充分な利用価値がある。

 生物多様性条約の締結によって、日本には生物多様性国家戦略が整備されるようになった。その国家戦略(2010年版)には、「生物多様性の状況を科学的知見に基づき分析・把握する」ことがうたわれている。日本は世界有数の生物多様性大国であり、固有種も多い。その一方で、まだ多くの生物群において日本産の種のインベントリーが完了していない。そのような中で、菌類のような微生物を含む生物群に本書のような集大成が出版されたことは、大変な快挙である。もちろん、本書の出版以来も新種・新産種の報告は相次いでおり、日本菌学会の発行誌をざっと調べただけでも年間約50種もの新産種(含新種)が出版されている。やはり、日本は菌類大国なのだ。しかし、このような事実にも関わらず、2007年までの日本産菌類を網羅的に調査した本書の価値は、まったく損なわれるものではない。むしろ、本書のような蓄積が日本新産種の検討を容易にし、日本の菌類分類学を強力に後押しする起爆剤としての価値をもっている。植物病理学、植物学、動物学など関係の研究者・研究室には図鑑類と一緒にぜひ座右におきたい書物である。

日本微生物資源学会誌 第28巻1号 (2012) 78ページ
独立行政法人 国立科学博物館 細矢 剛

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