第36回 ワークショップ報告 酵母の多様性―魅惑の酵母生態学―

日時: 2023年7月1日(土)~7月2日(日)
場所:筑波大学 筑波キャンパス中地区 第二エリア 2B棟(地図31)生物学類実験室(茨城県つくば市)
共催:筑波大学生命環境学群生物学類
講師:遠藤力也先生(理化学研究所BRC-JCM
講師協力:升屋勇人先生(日本菌学会)・吉橋佑馬さん(筑波大学大学院生物学学位プログラム博士課程後期3年)

 昨年度、新型コロナウイルス感染症が収まりつつある中、恐る恐るワークショップを再開しましたが、今年度は、5月からの5類化措置を踏まえて、大学の授業も全面的に対面式となり、ほぼコロナ前と同様なワークショップを開催することができました。酵母に多くの方々が関心を寄せられていることの現れでしょう、参加者は合計30名(スタッフ7名)と大盛況でした。

 猛暑の中、初日は10時より成澤会長のご挨拶で開会となりました。遠藤先生より、「酵母は自然界のどこにいるか?」という視点で、ナウシカの蟲と菌との共生にも言及されながら、酵母の概説があった後に、まずは、実物を探しに行きましょうということで、筑波大学キャンパス内のフィールドに向かいました。いまにも降り出しそうな曇り空でしたが、晴れ男の成澤先生のパワーのおかげで、幸い、土砂降りに遭遇することもなく、高温高湿の酵母が喜びそうな絶好の陽気の中、屋外で酵母を探しました。

 筑波大学界隈ではここ数年、ナラ枯れが流行しています。キャンパス内の随所でコナラの木がカシノナガキクイムシに攻撃され、樹幹から樹液が流れ、そこに様々な昆虫が集まり、樹液が発酵して酵母や多様な微生物がブルームしているところを観察しました。駐車場脇のコナラの樹液には、肉眼でもはっきりわかるような白っぽいコロニーがでてきており芳香が漂っていました。

 筑波大学内の山岳科学センター筑波実験林では、ナラ枯れが起きている木に、クリアファイルで作成した簡易なカシノナガキクイムシのトラップが仕掛けてある様子を観察しました。飛来したキクイムシ衝突して落下して溺死するというもののですが、かなり効果があるとのことです。このほか、酵母を含んでいそうな昆虫やキノコ、花など、様々な基質を採集して実験室に持ち帰りました。

 実験室に戻ってから、キクイムシと関連する酵母についての遠藤先生のご研究の紹介を伺い、あらかじめ、当日の朝、遠藤先生が採集してくださったカシノナガキクイムシを参加者全員一匹ずつ頂いて、実体顕微鏡で観察し、酵母が含まれている、背中にあるマイカンギア(くぼみ)をじっくり観察しました。また、採集してきたサンプルを観察したところ、キクイムシがあけた穴から染み出した樹液に発生した多様な酵母や微生物が観察できました。のびのびと分枝した長い菌糸が特徴的なコウボキン亜門の糸状菌Saprochaete属(広義のGeotrichum属)も観察できました。

 質疑応答の後、1日目は17時で終了とし、その後、希望者は、つくば駅近くの会場での懇親会へと移動し、酵母が作ってくれた生産物の恩恵に預かりながら、多いに酵母談義で夜遅くまで?盛り上がりました。

 2日目は、酵母の生態と分類に関する遠藤先生の講義と、あらかじめ用意された培養プレートの観察を交互に行いました。色の異なるコロニー2型がみられるNadsonia fulvescens、子嚢胞子の形状が面白いMetschnikowia属、アスタキサンチンを生産するためにコロニーがオレンジ色となるPhaffia rhodozymaなど、酵母の多様性を満喫しました。担当幹事は、冒頭で、単細胞で増殖を繰り返す酵母の形態はシンプルなので、「クソ面白くない形態の酵母」と、つい、口を滑らせて心無い失言をしてしまいました。しかし、それは全く浅はかな誤りであり、どの酵母もそれぞれ、味わい深い姿かたちをしていることを、皆さん、実物に則して十分に堪能して頂けたものと思います。また、酵母は、形態は単純ながらも、その生態的、生理的機能にこそ面白さがあるという遠藤先生のお話しは心に残るものでした。炭素源、窒素源をはじめとした資化性の違いや生理的性状の組み合わせにより進めていく酵母の分類手法についても、遠藤先生の講義を伺いつつ、各自、試験管内のダーラム管を用いた発酵能試験も実施してその片鱗を体感して頂けたのではないでしょうか。

 また、めいめいが採集して、寒天平板に培養した酵母の観察も行いました。その過程で、シデムシとYarrowia属の関係や、カメムシとEremothecium属の関係など、遠藤先生、升屋先生から随所で解説がありました。また、吉橋さんから、クサカゲロウ類の腸内酵母に関する研究紹介もなされました。他の生物との相互作用にこそ、酵母の面白さがあるのかもしれません。自然界での酵母の真のnatural habitatをはっきりさせたいという先生方の思いが伝わりました。

 最後に、ワークショップの締めくくりのレクチャーを遠藤先生にして頂きました。ノーベル賞受賞者の大隅先生とご一緒の写真を見せて頂きながら、「何に役立つのか?」という短絡的で科学的貧しい発想から脱却して、基礎研究を主眼とする立場がとても大切ということについて、熱いメッセージを下さりました。全体を通して、遠藤先生、升屋先生、吉橋さんへの質疑が行われた後、片付け、掃除を行い、最後に、恒例の観察材料の(今回は酵母の)姿を表現した記念の集合写真を撮って、解散となりました。

 今回、例年実施している長野県の菅平高原実験所ではなく、茨城県つくば市の筑波大学つくばキャンパスを会場としたため、日程を二日間として、初日は午前中から開始とし、宿泊は各自ご準備頂きました。例年ですと、同宿となるために食事の時に自己紹介をする時間を設けていたのですが、今回、その時間の確保をうっかりしておりました。テーブルごとに参加者同士の交流も盛んだったように思えますが、やはりせっかく参加して頂いた方々に自己紹介をして頂くべきだったと反省しています。

 講師の遠藤先生、また、ご協力を下さった升屋先生、吉橋さん、大変、充実したユニークな酵母の講座を本当にどうも有難うございました。先生方の酵母への熱い思いが参加者の皆さんにも十分に伝わったと思います。また、ご参加いただいた皆さま、ご多忙のところご参加くださりました成澤会長、稲葉幹事長、大変お疲れ様でした。筑波大学生物学類2年の中村君、前田君には期間中、会場の運営面でお世話になり有難うございました。

 今後も、充実したワークショップを開催していきたいと思いますので、取り上げて欲しい菌類の分類群、生態群や、ご意見、ご要望がありましたら遠慮なくお知らせください。


担当幹事 出川 洋介・柴田 めいこ

H26WS_01

H26WS_02

H26WS_03

H26WS_04

H26WS_04

H26WS_04

H26WS_04

H26WS_04