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一般社団法人 日本菌学会 - The Mycological Society of Japan

菌学関係書籍の書評(評者 大園 享司)

The Fungal Community: Its Organization and Role in the Ecosystem (3rd ed)

John Dighton, James F. White, Peter Oudemans編著,2005年. 936pp,ISBN-10: 0-8247-2355-4

本書は,菌類生態学のテキストとして長年親しまれてきたThe Fungal Communityの第3版(2005年出版)である.これに先行する同書の第1版(1981)と第2版(1992)では,節立て,章立て,編者,著者の顔ぶれ,出版社など多くの点で共通点がみられたが,新しい第3版ではこれらといくつか違う点が認められる.たとえば, [編者]本書では,Fungi in Ecosystem Processes(2003)の著者であり菌根菌の生態が専門のJ. Dighton,グラスエンドファイトの研究者であるJ. F. White, 植物病原菌が専門の P. Oudemansの3氏が新たに編者となった.いずれもアメリカ合衆国ニュージャージー州のRutgers大学に所属する.なお第1版,第2版の編者はG. C. CarrollとD. T. Wicklowの両氏である.

[節立て]第2版(全9節)では第1版(全8節)の節の多くが踏襲されたが,第3版では「菌類群集の構造」,「菌類群集の機能」,「人間が菌類群集の構造と機能に及ぼす影響」,「菌類の保全」の4節にまとめられた. [内容と章立て]第1版と第2版は,菌類の生態に関する知識を体系的にまとめることと,菌類のデータを一般生態学の理論から検討することを主な目的として編集された.これに対して第3版では,ここ15年ほどのあいだで生態学自体の問題設定が「多様化」したことが,まず念頭に置かれている.全ページ数や章の数は前の2版とだいたい同じだが,群集発達の基礎となる菌類種間の相互作用や,菌類の生産性や物質循環における役割に関する章が大幅に減った.かわって
・菌類群集の多様性と機能
・グラスエンドファイトや菌根菌と植物との相互作用
・人間活動が菌類群集に及ぼす影響
・およびそれらを解析するための新しい方法論
に関する章が増えた.

一般生態学の流れは,確かに変わりつつある.これまでの生態学では,個体群や群集,生態系といった個々の階層に着目した動態記述や解析が中心であった.しかしこれからの生態学には,人類が直面する新たな課題に取り組み,それを解決して行くことが要求されている.これまでの基礎研究の成果を総合化し,群集と生態系機能との関連性や,生態系と地球環境との関連性など,異なる階層の現象を高次レベルで統合するという課題がそれであり,その成果を応用して,人間活動が地球規模,地域レベルで自然環境に及ぼす影響を客観的に評価し,環境保全や多様性保全のための具体的な方策を明らかにするという課題がそれである.

第3版がこのような流れを意識して編集されていることは間違いない.今後,生態学が各論を取り込んで総合化に向かう過程で,生態系の主要な部分を担う菌類群集の構造や機能に関する情報の必要性はますます大きくなるだろう.この点で,多様なハビタートに出現する菌類群集とその構造や機能を幅広くレビューし,植物や動物との相互関係や人間活動の影響といった新しいトピックを網羅しようとするこの第3版の出版は,各論文の質はともかくとしても,時季を得たものであるといえよう.

本書はこのような問題設定で編集されており,幅広いトピックをカバーしているため,菌類生態学を志す学部生や修士課程の学生には,内容的にやや難しい部分があるかもしれない.また本書は個別トピックから構成されているため,通読しても菌類生態学の全体像を俯瞰するのは難しい.全体的に,テキストのボリュームに比べて図表が少ないことも,各トピックについての具体的なイメージの形成を妨げている.

初学者は,Dix & Webster(1995)のFungal Ecologyや,菌根菌なら菌根菌,エンドファイトならエンドファイトといったように,各生態群の基本的な教科書に目を通してから本書に取り組むか,あるいは菌類生態学に明るい人を交えての輪読会に参加するのが効率的だろう.各章で引用,紹介されているレビューや論文に丁寧に当るのもいい勉強になる.第1版や第2版も,菌類生態学を学ぶ上で依然,有用であることを強調したい.

なにぶん大著なので,普段は本棚に陳列しておき,興味が湧いたときに電話帳のように各章を引くという方法で,時間をかけて消化していくのもいい.ちょっとした待ち時間や電車の中でもすぐ読めるように持ち歩くのも,筋力トレーニングになっていいかもしれない.誘眠剤として寝転びながら読むのもいいが,枕として使うには少々硬いので肩こりなどに注意が必要である.

いずれの方法にせよ,全44章の四分の一くらいまで読み進めば,構成や内容が注意深く検討され整理されていて,引用文献数も豊富な良質のレビューから,著者自身の研究しか説明していないとか,最新の研究課題や成果が引用されていないなど,明らかに準備不足の原稿まで,論文の質が章ごとに大きく異なるのに気付くだろう.もし読んだ章に「物足りなさ」を感じたら,何が足りないのか,どう書き直せばよくなるのかを考えて,それを補って構成を組み直してレビューを書き直し,Mycoscienceに投稿することをお勧めします.

(評者 大園 享司)