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一般社団法人 日本菌学会 - The Mycological Society of Japan

菌学関係書籍の書評(評者 佐藤 大樹)1

Studies in Mycology 57:Phylogenetic classification of Cordyceps and the clavicipitaceous fungi

Gi-Ho Sung, Nigel L. Hywel-Jones, Jae-Mo Sung, J. Jennifer Luangsa-ard, Bhushan Shrestha and Joseph W. Spatafora 著,2007年,63pp,40.00ユーロ,ISBN/EAN: 978-90-70351-66-3

Cordyceps属は,主として生きた昆虫に感染して殺し,その後に形成する糸状菌である.現在までに,500を超える分類群が報告されている.日本の小林義雄博士は,その属内を形態レベルで詳細に検討し,属内の分類体系を1941年に確立した.小林が属内の検討という視点で行ったのに対して,分子系統学的にさらに広い視点で解析を行ったのが,今回紹介するSung et al. によるこの論文である.彼らはCordyceps属とその周辺を含む162の分類群において複数の遺伝子を用いて系統解析を行った.これにより,旧Cordycepsの概念は刷新され,麦角菌も含めて大きく科のレベルで再編された.その結果,彼らはClavicipitaceaeの概念を新たに定義し, 新科Ophiocordycipitaceae, およびCordycipitaceaeを提唱した.Clavicipitaceaeの中にはClaviceps, Shimizuomycesなどが含まれ,この中に新属Metacordycepsが提唱された.Ophiocordycipitaceaeは,Ophiocordycepsと新属Elaphocordycepsから成る.Elaphocordycepsは主に地下生菌ツチダンゴの子実体を寄主とする菌寄生菌である.CordycipitaceaeにはCordycepss.s.のほかに,Ascopolyporus, Hyperdermiumなど,アナモルフではBeauveriaなどが属している.

Cordyceps s. l.は,歴史的には麦角菌科に配置されてきた.さらに属内で形態的にかなり多様であることが認識されてきたが,実は属を超えた再編が必要であったことになる.今回,分子情報という再現性の高い情報を用いてCordyceps分類体系の方向性を示した「土台」が作られた.一方,情報の不足のため,分類上の位置が未決定状態である種が170以上この論文中にリストアップされている.Sungらは,これらの種に対しても新たに採集を行い,分類体系を検討中である.この論文は,昆虫病原菌の分類について一番ホットな部分であるので,興味がある方はぜひ参照いただきたい.さらに,Cordycepsに次いで大きい昆虫病原菌Torrubiella属の種も本論文の解析に使われている.それらはClavicipitaceaeとCordycipitaceaeのどちらにも配置され,Torrubiella属の多系性が読み取れる.すなわち,柄を持たずに寄主の体表に子嚢殻を作るという特徴は,系統を反映していないということである.Torrubiellaの多系性と進化については,同じグループによる研究がつい最近報告された(Jonson et al. 2009, Mycological Research 113: 279-289 ).その中で,Torrubiella からCordycepsまたはOphiocordycepsへの転属や,Torrubiellaの種を元にした新属ConoideocrellaOrbiocrellaが提唱されている.この論文もご参照いただきたい.

分子情報に基づく分類が発展する一方,その証拠として欠かせないのが標本の存在である.小林義雄博士は150種を超える昆虫病原菌を記載した.その数は,いわゆる冬虫夏草の仲間の3割にも達することから,博士の標本の分類学的重要性は高い.現在,科学博物館に所蔵されている,博士のタイプ標本の整理が行われている.

冬虫夏草の分類については,日本を始め,韓国,中国,タイ,アメリカ等で盛んになってきている.研究者の交流により充実した分類体系が作られると思われる.

(評者 佐藤 大樹)