熊楠

菌学関係の書評

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更新日 2018-03-28 | 作成日 2007-09-15

胞子

南方熊楠菌類図譜

萩原 博光 解説,ワタリウム美術館編集,新潮社,2007 年,A4 判・135 pp,3,990 円.ISBN:978-4-103-05551-8


  長い間幻だった南方熊楠のきのこの記載データを印刷物にする図譜が発行された.本図譜の刊行により,南方氏の学名が出版物として世に出たことになる.これらの学名は有効発表になったであろうか.残念ながらラテン語記載が無いので,植物命名規約上認可されない.しかし,この図譜が南方氏のきのこの分類学的研究が1900年代初頭に日本において世界水準で行われていたことを,堂々と示している.南方氏の学名の多くは小林義雄氏により再検討がなされているが,「南方熊楠菌類図譜」に,小林氏の高著「南方熊楠菌誌」の中で取り扱われていない多数の学名が印刷されている.小林義雄氏の再検討の一例を見ると,南方熊楠がつけた新学名 Gomphidius protractus Minakata が Inocybe lanuginella (Schroet.) J. E. Lange ハイチャトマヤタケのシノニムになっている.そこで,筆者が南方氏の証拠標本を調べたところ, Gomphidius sp.であった.このように南方熊楠の新種は現在でも未記載種である場合もある.氏の新種の再検討と研究の継承は今日の分類学的研究・生物多様性解明のために重要である.そして,本書が南方氏直筆の貴重な菌の原色図と記載文をアクセスできる研究資料を提供している.

  南方氏がきのこのモノグラフ的図譜を出版できずに終わってしまったことを残念なことと思わせると同時に,本書は氏の名誉挽回につながる書籍である.南方氏の研究が本人により発表されていれば,新種等は植物学上欧米の研究とともに優先権を持つことになったことを示している.また,原色図が南方流の図と文章をぎりぎりまで同一の紙面に書き込んでいることは,氏がこれらの図を編集し直して発表しようと考えていたことを思わせる.

  話はそれるが,筆者は国立科学博物館に保存されている何点かの南方氏の標本を検鏡したので紹介したい.今回印刷された原色図とともに収蔵されている物で,日本新産である,全て紀伊産で Inocybe brunnea Quél., I. glabrodisca P. D. Orton ミナカタトマヤタケ,I. goniopusio Stangl, I. heimiana Bon, I. scissa (E. Horak) Garrido, I. tenebrosa Quél.である.ミナカタトマヤタケは,筆者が南方コレクションを調べ,最初に報告したので和名を南方熊楠にちなんで新称にした.

  本書が,南方熊楠の遺稿を蘇らせるとともに,研究者・菌類愛好家によって有効に活用されることを望む.

(評者 小林 孝人

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